2009年06月17日

クレーターの成因については、様々な説が唱えられた

クレーターの成因については、様々な説が唱えられた。1787年にウィリアム・ハーシェルはクレーターは火山の火口であるという論文を発表した。それに対し、1829年にフランツ・フォン・パウラ・グルイテュイゼン(Franz von Paula Gruithisen)は、クレーターは天体の衝突によって生じたという説を発表した。

当初は火山説の方が有利であった。これは、

月のクレーターはほとんどが円形であるが、泥に石などを衝突させる実験などでは真上からの衝突で無い限り楕円形のクレーターしかできないこと。
月の海(いわゆるうさぎ模様の部分)にはクレーターがあまり存在せず、分布に著しい地域性があること。これは地球の火山帯に対応していると考えられた。
クレーターの重なり方が大きなクレーターの上に小さなクレーターが重なっているものばかりであり、これは徐々に月の内部が冷却して火山活動が弱まっていった結果として説明しやすい。
などが理由としてあげられる。
頭痛
オーパーツ
社交ダンス
惑星
ラフティング
爬虫類
キャンプ
流鏑馬
犬ぞり
華道
日本の建築
家電の昔
江戸の歴史
湯・茨城
湯・山口
安土桃山時代
湯・長崎
裁判所について
アリさんの一日
カラオケ・ばんばん

1960年頃から、地球のクレーターで隕石の衝突を裏付ける高圧で変成された岩石が発見されたり、アポロ計画での月面で採取された試料の分析が行われたり、より正確な衝突条件を反映した高速衝突実験が行われて、衝突説を支持する結果が多く得られた。現在では月のクレーターの大部分は衝突によって生じたものと考えられている。

当時の衝突実験では衝突させた石の速度は、隕石の月面に対する相対速度(数十km/sに達する)よりもはるかに遅く、実際に起こっている衝突を反映しているものとは言えない。高速衝突実験においては衝突時の衝撃波で衝突物の直径の10倍以上の範囲の地面が掘削されてクレーターは円形となることが分かっている。楕円形のクレーターは入射角が10度以下になるような限られた場合しかできない。
アポロ計画で採取された岩石の年代測定の結果、月の海ができた時期は衝突が多数起きた時代よりも新しい(こちらも参照のこと)。
重なり方の傾向は、小さなクレーターの上に大きなクレーターを作る衝突が起こると衝突による地殻変動が周辺にも及び小さなクレーターの構造は完全に破壊されてしまうためと考えても説明可能。
と反論できる。

衝突説を支持する証拠としては以下のようなものがある。

アポロ計画で採取されたクレーター周辺の石から高圧で変成された岩石が見つかっている。
アポロ計画で採取された石から直径1mm以下のクレーターが見つかっている。
大きなクレーターでは月全体に噴出物が撒き散らされているが、月の質量ではそのような規模の爆発を起こすだけの火山を生成できない。
月の岩石から生成する溶岩の粘性は地球上のそれに比べて著しく低いために、火口には明瞭な盛り上がった縁ができない。(なお、月には少数ながらも縁の盛り上がりの無いクレーターがあり、これらは溶岩の噴出で生じたものと考えられている。)
クレーターが円形にも関わらず、一方向だけに光条が延びる現象は斜め方向からの高速衝突実験で確認されている。
月のクレーターの直径と深さの間には一定の関係式が成立する。地球上の衝突で作られたクレーターでも同じ式が成り立つ。

2009年05月31日

満州文字

満州文字(まんしゅうもじ)は、満州語を表記するために制定された文字。

母音字6個と子音字19個で表記される表音文字。縦書き専用の文字で、行は左から右に進む。各文字は、語頭・語中・語尾により異なった字形を持つ。
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なお、ヌルハチが独自文字の制定を命ずる以前に存在した金時代の女真文字は、漢字に類似する点が多く、満州文字とは別物である。

明代、建州女真(建州女直とも)を統一していたヌルハチ(努爾哈赤)がエルデニ(額爾?尼)と?盖に命じて、1599年(万暦27年)にモンゴル文字の表記を応用して制定したとされる。

しかし、当初モンゴル文字の体系をそのまま使用していたために、モンゴル語とは音韻の異なる満州語を表記するには問題が多く、1632年(天聡6年)、ヌルハチの子ホンタイジ(皇太極)が部下のダハイ(達海)に命じて文字表記の改良を指示した。

ダハイは従来の表記に加えて文字の横に点や丸(圏点)を添えて、満州語の一音が一文字で表記できるよう改良した。従来の文字を「無圏点字」といい、ダハイにより改良された表記を「有圏点字」と呼ぶ。

清代には公用文字として公文書には必ず用いられたと言われるが、実際には清代の中葉から漢字で書かれた文献が優位になっていた。このため、西太后らは満州文字を全く理解できなかった一方、漢文は理解できたという。

清朝滅亡後は廃れ、現在はほとんど使用されていないが、清の乾隆帝の時代に国境警備のため中国東北部から現在の新疆ウイグル自治区シボ自治県周辺に移住を命じられた女真族の系統のシボ族(錫伯族)が、満州文字を改良したシボ文字を今も使用している。1980年代当初には、行政機関から商店にいたるまで、看板には漢字と満州文字が併記されてたことが確認されている[1]。住民は満州文字を読むことはもちろん、日常語としてその言葉を話していた[1]。

2009年04月28日

多文化主義を採用

オーストラリアは、カナダとほぼ同様の多文化主義を採用している。それゆえ、カナダにおいて見られるような多文化主義政策が数多く実施されており、その一例としてSBSが挙げられるだろう。

1970年代、白人以外の移民を事実上禁止することを旨とした政策(白豪主義)がゴフ・ホイットラム政権によって捨て去られ、これが契機となってオーストラリアに多文化主義が根付いた。とはいえ、この政策転換はオーストラリアがイギリスから分離し、国家としての主体性を確立する過程の一側面に過ぎなかったという指摘もある。

オーストラリアにおける「多文化主義」の考え方(定義)は、白豪主義を捨て去った当初に比べると大きく変化している。元々は、一部の移民が異なる文化圏の出身者だとしても、オーストラリア社会との関係を容認しようという程度のものだったが、現在では異なる「文化圏」の存在自体をオーストラリア社会の中に容認しようというものに変わっている。現在、このオーストラリアにおける「多文化主義」の考え方は、国民の多くがそれぞれ多様な文化的・民族的背景を持ち、またこの現状を承認しているという事実を引き合いに出す際にしばしば用いられる。

オーストラリア移民多文化省は2005年、同国内における労働力の25%が国外出身者であり、40%が少なくとも片親が国外出身者であると推定している。

オーストラリアにおける最初の多文化主義に関する国策は1978年、マルコム・フレーザー首相(当時)率いる自由党政権によって実施された。一連の政策は、次にボブ・ホーク労働党政権に引き継がれた。1990年代初頭、ポール・キーティング労働党政権は多文化主義を支持する姿勢を崩さなかったが、オーストラリアの前首相ジョン・ハワードは、「国家としての主体性を国民全体で共有するべきだ」という理念の下、多文化主義に批判的である。とはいえ、多文化主義的な政策は何の変更もなく存続している。ただし、アンドリュー・ボルト (Andrew Bolt) に代表される保守派の新聞コラムニストらは、国家的な同化政策の必要性を主張している。

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スウェーデン
スウェーデンにおいては、公式には1975年に多文化主義的な政策に取り組み始めた。この政策が取られる10年ほど前から、スウェーデンは深刻な労働者不足に見舞われ、同時に他の北欧(スカンジナビア)諸国やポーランド、南ヨーロッパ、中東からの移民が増加していた。このため、1979年までにスウェーデンの全在住者の11%が国外出身者となった。これを受けてスウェーデン政府は、移民に対して国内で働く条件としてスウェーデン語を話すことを要求し、同時に大学の学外講座として(スウェーデン語の)語学研修を無料で受けられるようにした。

複数の自治体と大都市における一部の地区においては、住民の大多数がスウェーデン語を話さず、文化的にもスウェーデンと馴染まないような地域が生まれた。そこで国は、移民の子ども達がスウェーデン語を学ぶための教室を各学校に創設し、他方で移民らの出身国に応じた言語(=スウェーデン語以外の言葉)による教育を与える試み(hemspråk program - 母国語プログラム)を放課後の補習として開始した。これらの多文化主義的な政策は、現政権によって絶えず批判に晒されており、再検討の段階に入っている。

アメリカ合衆国
アメリカ合衆国 では政府の正式な政策として多文化主義を採用しておらず、一部の州政府が英語とスペイン語の二言語常用を採用しているのみである。しかし近年では、アメリカ政府は多文化主義を支持する傾向にある。例えばカリフォルニア州では、カナダの多くの州と同じように、運転免許を取る際に試験の言語を選択することが出来る。

英国
保守党の政権下(1979年から1997年の間)では、多文化主義的な発言は左派陣営の中でのみ主張されるに留まっていた。しかし、1997年以降の労働党政権の発足以降、政府の政策や発言は多文化主義の影響を受けている。現政策の先駆けとなったものとしては、1965年の制定以降修正案が加え続けられている「人種関係法」や同様に1948年に制定された「イギリス国籍法」などが挙げられる。多文化主義政策に否定的な態度を取る最近の批評家としては、ウガンダ生まれのヨーク大主教ジョン・センタムやパキスタン生まれのロチェスター教区主教マイケル・ナジラリなどが挙げられる。

マレーシア
マレー半島は、国際的な貿易やりとりの歴史が長く、半島の民族的や宗教的な成り立ちに影響をもたらしている。18世紀以前はマレー人が支配的だったのに対し、イギリス人が新しい産業と共に中国人やインド人労働者を紹介した際に、民族構成が激しく変化した。ペナン州やマラッカ、シンガポールなど当時のイギリス領マラヤ (British Malaya) に属するいくつかの地域は、中国人が大部分を占めるようになった。インド、中国、マレーの3つの民族とその他少数民族グループ間の共存は、マレー人の人口統計や文化的な位置付けに影響したにもかかわらず、主として平和的である。

マラヤ連邦独立以前は、マレーシア社会契約 (social contract (Malaysia)) が新しい社会の基礎として交渉されていた。マレーシア憲法 (1957 Malayan Constitution and the 1963 Malaysian Constitution) にも反映されたその契約は、移民達に市民権が与えられることやマレー人に特別な権利が保障されていることが述べられている。この政策はよくブミプトラ政策と呼ばれている。

マレーシア連邦国自体の設立は「人種の数学」で重荷を負わされてきた。当時の首相トゥンク・アブドゥル・ラーマンは、サラワク州とボルネオ島北部 (North Borneo) が認可されない限り、シンガポールも連邦の一部として認めないとしていた。その首相の主張の根拠には、シンガポールの包含による新しい連邦国は、マレー人を代償にして中国人を新しく多数派勢力にしてしまうという懸念があった。その一方で、ボルネオ島にあるそれらの州を含めば、マレー人を多数派として維持できることが背景にあった。

民族間の緊張は1963年のマレーシア国設立と共に続いた。人民行動党の元率いられたシンガポールと統一マレー国民組織に率いられた連邦政府との間には社会契約に関する議論が絶えず、このマレー人と中国人間の緊張は、後にシンガポールでの1964年の人種暴動 (1964 Race Riots) を引き起こすこととなった。この暴動は、部分的にマレーシアからのシンガポール追放 (expulsion of Singapore from Malaysia) を促すものとなった。同じ頃、マレーシアではマラヤ非常事態 (Malayan Emergency) として知られる共産党による反乱が起こっていた。この紛争は、中国人支持のマラヤ共産党とイギリスが後ろ盾になっていたマレー人支持政府との間によるものと捉えられている[6]。

最悪の暴動は、1969年に再び中国人とマレー人の間に起こった5月13日事件である。これは、民族間における経済的不釣合いを減少させることを目的としたマレーシア新経済政策(マレーシアネップ) (New Economic Policy) や、ルクネガラ (Rukunegara) と呼ばれる全ての民族間での団結を奨励したマレーシアの国家指針などの政策導入や、ディーパラヤ(ディーワーリーとハリラヤ・プアサの混成) (DeepaRaya) やコンシーラヤ(旧正月とハリラヤ・プアサの混成) (Kongsi Raya) などの習合祭事の啓蒙につながっていった。教育面では、当地で話されている言語を活用した教育(マレーシア教育の章を参照) (vernacular education) が国の教育政策として取り入れられ、中国を除いて、マレーシアのみが世界で唯一中国語での教育システムを持っている国である。

これらの多元論的政策は、非宗教やイスラム教ではない宗教の影響に反対する正統派イスラム教徒やイスラム主義政党から圧力を受けており、この問題は論争の的になっているマレーシアでの信教の自由 (status of religious freedom in Malaysia) に関わっている。

2009年04月12日

テンペル・タットル彗星

テンペル・タットル彗星(‐すいせい、55P/Tempel-Tuttle)は、1865年12月19日から翌年にかけエルンスト・テンペルとホレース・タットルが発見した、周期33年の周期彗星である。 しし座流星群の母天体でもある。

なお、ペルセウス座流星群の母天体であるスイフト・タットル彗星とは無関係である。

テンペル・タットル彗星は、1865年12月19日にフランスのマルセイユの天文学者エルンスト・テンペルが発見し、翌1866年1月6日にアメリカのハーバード大学天文台のホレース・タットルが独立に発見した。 1月11日に近日点を通過し、5等級まで明るくなった。

しかし、1899年ごろに予想された次の回帰は観測されず、行方不明になっていた。

いっぽう、発見の数年後、イギリスのジョン・ハインドが、868年と1366年の彗星がテンペル・タットル彗星かもしれないと示唆していた。 1933年に日本の神田茂は、詳しい分析をおこない、868年の彗星は無関係だが、中国で観測された1366年の彗星はテンペル・タットル彗星だと結論した。

1965年、ドイツの天文計算局のヨアヒム・シュバルトは、過去500年にわたる軌道計算をおこない、1366年の彗星だけでなく、ドイツのゴットフリート・キルヒが観測した1699年の彗星もテンペル・タットル彗星だと証明した。 こうして得られた3回の回帰のデータをもとに再び軌道計算した結果、彗星は1965年に回帰していたはずだと予言した。 実際に、1965年6月30日に南アフリカのベスターが撮影した写真に、テンペル・タットル彗星が写っていた。 このときの光度はわずか16等級だった。

1998年の回帰は、予想されていた最初の回帰である。

しし座流星群 [編集]
1967年、イタリアのジョヴァンニ・スキアパレッリは、テンペル・タットル彗星がしし座流星群の流星物質とほぼ同じ軌道であることを発見し、母天体ではないかと指摘した。 彗星が流星群の母天体だとされたのは、これが2番目である。 なお、最初の例は、ペルセウス座流星群の母天体であるスイフト・タットル彗星で、これもまたスキアパレッリの指摘である。

テンペル・タットル彗星は軌道傾斜角が162°の逆行軌道なので、この彗星起源のダストは地球にほぼ正面衝突し、相対速度は72 km/sに達する。これは全ての流星群の中で最も速い。 このため、微小なダストも明るい流星になり、しし座流星群で多くの流星が観測される一因になっている。

ぺぱーみ メンメン ソング バンブ チミン シーザー キックサニ カエデ キンロバイ ナンバー マリンバ ディー ハードコア トース ジョーク タンブラ ナイアガ ラック セリン ブラック セルラ オルガ マスト ピタヤ ビンテー センシ ワサビ えんおう キセル ニューマ ふきのとう ブルーマ シェイ プランター 暮し百科 ザック エンド マート ニューロン ダーシズン 雪しぐれ ガボン ぴってろ ミケー デソ プデ レーナー レット ピーコック トレーサ

2009年03月28日

フェミニズム

フェミニズム(英: Feminism)は、少なくとも建前上は男女同権主義に基づき、女性の権利を男性のそれと同じにしようとする思想・運動、女性の権利を拡張しようとする思想・運動、性差別に反対し女性の解放を主張する思想・運動などの総称。実質は、女尊男卑の思想として批判されることが多いが、その点に関しては反フェミニズム男性差別を

歴史上は、男女平等と女性の権利を唱える人物は多数存在していた。例えば、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世の皇后テオドラは女性の自由と権利を求める法案の提案者であった[要出典]。

近代に入ると、1792年にメアリ・ウルストンクラフトが、フェミニズム運動の先駆ともいえる『女性の権利の擁護 (A Vindication of the Rights of Woman) 』を執筆した。

19世紀になると、女性の権利を求める運動が組織化された。多くの場合は、これ以降の動きを指してフェミニズムと呼ぶ。

フェミニズムは19世紀の運動や文化に大きく影響を与えた。19世紀後半から20世紀、特に第一次世界大戦の間に、多くの国で女性の参政権が認められた。ニュージーランドでは、婦人参政権論者ケイト・シェパードの助けによって、1893年に最も早く女性参政権が認められている(なお、アメリカで認められたのは1920年、また日本では1945年である)。

この時期のフェミニストとしてはヴァージニア・ウルフやジークムント・フロイトが取り上げた患者「アンナ・O」ことベルタ・パッペンハイムなどが知られる。

歴史
歴史上、フェミニストと名乗る女性は数多く存在する。フェミニズムの起源は18世紀のフランスに遡る。1789年にフランス革命によりフランス人権宣言が採決されたが、その権利を男性にのみ与えていることを問題視した女性が抗議運動を行い、欧州各地で女性の権利を求める運動が定着した。これがフェミニズムの誕生である。91年『人権宣言』に対抗しオランプ・ド・グージュが『女性及び女性市民の権利宣言』を発表している。代表的なフェミニズム作家メアリ・ウルストンクラフトが『女性の権利の擁護 』を執筆したのはこの翌年である。[1]こうした運動は反フェミニズムの反対を受けるが、徐々にヨーロッパ中に浸透していく事となる。

18世紀以前は一部の上流階級を除いて、女性は男性と等しく農作業・商・手工業などの労働に就いていたが(戦後の高度経済成長期の日本の地方では、都会で専業主婦が広まってからも女性が農業や漁業などの労働に従事していたように)、産業革命の影響で労働に就いていた中流、下流階級の女性は専業主婦となる事が多かった。20世紀には「結婚して子供を持つ郊外住宅の主婦」が女性の憧れの的とされた。この背景には戦中に若い男性がいない為に工場で労働に従事していた女性を家庭に入れようとするアメリカ政府のプロパガンダがあった[2]。日本も例外ではなく、戦中は男性不足のため若い女性は工場で軍需産業などの労働に就いていたが、戦後はアメリカ型の専業主婦となることが幸福と思う者が、特に日本女性には多かった。しかし、家庭に戻った女性の中には結婚し子供を育てるだけの人生に不満を持つ者もいた。レズビアン・フェミニストの1人である ベティ・フリーダンは『女らしさの神話』の中で当時の女性の心境を語っている。

郊外住宅の主婦、これは若いアメリカの女性が夢に見る姿であり、また、世界中の女性がうらやんでいる姿だといわれている。 しかし、郊外住宅の主婦たちは、密かに悩みと戦っていた。ベッドを片付け、買い物に出かけ、子供の世話をして、 1日が終わって夫の傍らに身を横たえたとき、『これだけの生活?』と自分に問うのを怖がっていた。

1960年代からウーマン・リブ運動が世界中に広まり、ニューヨークなど各地で数十万規模のデモが発生した。この運動により後に多くの国で女性の労働の自由が認められるようになった。[3]これを境にフェミニズムは殆どの国で政治、文化、宗教、医療といったあらゆる分野で取り入れられるようになる。

このウーマン・リブは女性を拘束しているとする家族や男女の性別役割分担、つくられた「女らしさ」、更にはこの上に位置する政治・経済・社会・文化の総体を批判の対象にしていた。 日本でも1970年代に各地でウーマン・リブの集会が開かれ運動の拠点も作られた。またこの頃、ピル解禁を要求する「中ピ連」が結成された。

ウーマン・リブ運動の高揚を受けた国際連合は、1972年の第27回国連総会で1975年を国際婦人年と決議し、メキシコで国際婦人年世界会議(1975年)を開催して「世界行動計画」を発表した。続いてコペンハーゲン会議(1980年)、ナイロビ会議(1985年)、北京会議(1995年)などが開催された。

日本では国際婦人年を契機として様々な組織が生まれ、婦人差別撤廃条約の批准や国内法の整備を求める運動へと加速した。

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2009年03月12日

アルカラ・デ・エナレス

アルカラ・デ・エナレス(Alcalá de Henares)は、スペインの都市。アルカラ・デ・エナーレスとも表記される。スペイン中央のマドリード州東部に位置する。人口は約20万人。「アルカラ」はアラビア語の「城」という語に由来する。アンダルシアにある同名の都市と区別するため「デ・エナレス」を加える。

15世紀末以来の大学都市で、世界遺産に登録されている。また、セルバンテスの出生地としても知られる。

エナレス川沿い、マドリードからグアダラハラに向かう途上に位置している。皮革、石鹸産業などが盛ん。近隣の都市としては、約30キロ西のマドリード、35キロ南西のヘタフェなどが挙げられる。

古代ローマ時代には「コンプルトゥム」と称されていた。西ゴート王国時代には司教座が置かれた。イスラーム支配下ではあまり重要な町ではなかったが、12世紀に砦(Al-Qal'at)が築かれ、これが現在の街の呼称となった。1118年にカスティーリャ王国に征服され、トレドの大司教に与えられた。大司教の館を中心に、キリスト教徒街、ユダヤ人街、アラブ人街が形成された。1496年に王令によってユダヤ人が追放されたが、町の構造は残り、大学都市として使われるようになった。もっとも、大学都市としての萌芽は1298年にサンチョ4世が「Studium Generale」を設立したときに始まっている。

15世紀末から16世紀初頭にシスネロス枢機卿の発案により大学都市の建設が始まり、1499年にサン・イルデフォンソ学校が創設された。ヨーロッパのほかの大学都市とは異なり、アルカラ・デ・エナレスでは最初から町全体が大学都市として計画されたことが特徴である。その後も大学施設が拡充され、学術・文化の中心地として発展を遂げた。エラスムスなどの著名な人文主義者もこの街に招かれている。印刷技術が持ち込まれ、アルカラ・デ・エナレス版多言語対訳聖書(ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語、アラム語、en参照)が発刊された。
きたみびお 浮草ぐらし ウェッジ ビーピー ツベル タイマー ビヤマハギ フロマ シケイン フリーラジ マスタ わかくさ ハイネッ パラ プロテス ロンネット ソリテー マンス スライド バヌア マート びばい フレアスカ ドトイ ラッシュ ライム ワインバ ナポリタン インゴット リッピン ウェル バター ドグマ とうりゅう スロット モラリ トレジャ フラッシ ヒマワ チャロ ムック テスト パネラー ダース サイト ジャッジ エタイ マッピング 露の契 フェージュ

アルカラの大学はゆっくりと衰退し、1836年、宰相メンディサバルによって永代所有財産解放令が出されると、大学はマドリードに移転した(現在のマドリード・コンプルテンセ大学)。アルカラ市民は共同所有者組合を作り、大学の建物を購入して保持に努めた。19世紀に鉄道が敷かれると産業の発展が始まったが、歴史的な地区には開発は及ばなかった。大学の復活を求める声が高まり、1977年についにアルカラ大学が開校した。

2009年02月24日

リアラ同様フォルトゥナによって創造された

エルレイン (Elrane)
27歳相当・身長160cm・体重43kg。
声:榊原良子
現アタモニ神団の指導者となっている女神官。信者からは「聖女」と呼ばれ崇められている。
リアラ同様フォルトゥナによって創造された「二人の聖女」であり、リアラ以上の力を持っている。
彼女はひたすらに人々の幸福を求め、カイル達との衝突に至り、結果として、歪んだ形でその理想を成就させようとした。
フォルトゥナ (Fortuna)
声:島津冴子
人々の「幸福になりたい」という思念がレンズに蓄積し、具現化された神。今作のラスボス。
神としての体を得たものの、完全な形では降臨しなかったため、目的を実現させるために自分の分身となるリアラとエルレインを創造した。フォルトゥナという名前の意味は「運命」もしくは「運命の女神」だが、最終的にエルレインの意思に同意し、カイル達と敵対することになる。
漫画版では不完全な状態で降臨したために暴走し、やむなく一行と対決、という設定に変更された。
サブノック (Sabnock)
声:長嶝高士
ゲーム序盤にカイル達と対峙する謎の剣士で、エルレインの配下である。
渋い台詞を口にする、武人肌な人物。獣の頭を模した兜を被り、「オセ」という白豹のようなモンスターを従えている。戦闘ではオセに後方から術などで援護させ、自分は前方で剣技や術を繰り出す戦法を取る。サブノックが先に倒れると、オセは撤退してしまう。
PSP版では「アクアラビリンス」に精神体として現れる。
名前の由来はソロモン72柱の魔神の1柱、50の軍団を率いる地獄の大侯爵「サブナック」から。
「オセ」もソロモン72柱の魔神の1柱である。
ダンタリオン (Dantalion)
声:長嶝高士
改変現代にて、ダイクロフトに突入したカイル達を迎え撃ったエルレイン配下の老神官。リアラを神団の意見に賛同させようと説得を試みるが、すでに彼女とエルレインの溝が深まっていることに気づき、断念する。
中級晶術の使い手で、戦闘では弓使い型の敵「セージ」を2人連れ、彼女達に前衛を守らせ自分は後衛で術を放ってくる。
PSP版では「アクアラビリンス」に精神体として現れる。
名前の由来はソロモン72柱の魔神の1柱、36の軍団を率いる大公爵「ダンタリオン」から。
ガープ (Gaap)
声:菅原淳一
ダンタリオン、サブノックと同様エルレインに仕える戦士。サブノックやダンタリオンと比べるとカイル達と衝突する回数が多いが、直接戦うのは他の2人と同じく一回のみ。
戦闘では変身した姿に合わせてか、突風やレーザーなど特殊な技を繰り出してくる。比較的終盤に対峙する敵のため、強さはダンタリオン、サブナックを遥かに凌ぐ。彼に泣かされたプレイヤーは多いはず。
なお、通常時は剣が使えるようだが、戦闘ではその剣さばきを見ることは出来ない。だが、ハイデルベルグ城襲撃の際、エルレインに切りかかったロニの前に立ちふさがり、瞬く間に弾き飛ばしたことから通常時の実力が窺える。
名前の由来はソロモン72柱の魔神の1柱、60の軍団を率いる地獄の貴公子「ガープ」から。

四英雄(ソーディアンマスター)
スタン・エルロン (Stan Aileron)
27歳没・身長172cm・体重63kg
声:関智一
主人公カイルの実父。「ディムロス」の元マスター。
神の眼の騒乱の後、ルーティと結婚し、カイルを儲ける。
十数年前、ロニとカイルを庇い、バルバトスによって殺害された。ロニやルーティはカイルに、スタンはカイルが生まれた後遠くへ冒険の旅に出た、と偽り、父の死亡の事実を隠している。カイルはスタンの顔もまともに覚えていないが、「信じること、信じ続けること、それが本当の強さだ」の信念は受け継いだ。
漫画版では、神の眼の前でカイルとの夢のタッグ(他の仲間は手が出せない状況)で見事バルバトスを倒した。また、漫画版ではリーネに彼の墓が安置されている。
EDでは運命そのものが変わったため、死亡が回避されている。
ルーティ・カトレット (Rutee Kartret)
36歳・身長157cm・体重46kg
声:今井由香
主人公カイルの実母。「アトワイト」の元マスター。
「神の眼」を巡る騒乱の後、スタンと結婚し、カイルを出産。結婚に際し、義妹リリスから目覚まし奥義「死者の目覚め」を伝授された。
クレスタの街でデュナミス孤児院を経営し、腕白な子供達に囲まれながら、多くの孤児を育てている。相変わらず勝気で母性に溢れており、肝っ玉母さんを地で行くが、たまに繊細な内面も表れる。
PSP版では、息子を試すため18年前の装備で闘技場に参戦。現役さながらの俊敏な動きを見せる。
フィリア・フィリス (Philia Philis)
37歳・身長162cm・体重45kg
声:井上喜久子
「クレメンテ」の元マスター。
アタモニ神団の本部でもあるストレイライズ大神殿で、司祭兼研究員をしている。かつてはスタンに想いを寄せていたが、彼のルーティへの想いに気づき、身を引いた。
本作では高潔さはそのままに、前作のような慌てっぷりはほぼ無くなり、とても落ち着きのある女性となった。そのためか、一部の信者からは聖女と称えられている。
PSP版では、ウッドロウと共に18年前の装備で闘技場に参戦。卓越した晶術の扱いはいまだ健在であり、手製のボムによる援護もこなす。
ウッドロウ・ケルヴィン (Woodrow Kelvin)
41歳・身長181cm・体重68kg
声:速水奨
現ファンダリア国王。「イクティノス」の元マスター。
賢王と称えられる名君であり、領民や臣下からの信頼は絶大。そのため、先の動乱の後、ファンダリア中から集められたレンズを王室で保管することとなった。とても気さくな人物だが、年齢のせいか幾分疑り深くなっている。
当初は、スタンの息子であるカイルを自分の息子のように思っていたが、歴史改変を食い止めた後は、成長した一人の対等な男として認識を改めた。
PSP版では、フィリアと共に18年前の装備で闘技場に参戦。技量は全く衰えていないようで、剣に弓に晶術、と多彩な攻撃を得意とする。

ソーディアンチーム
前作にて登場したソーディアン達のオリジナル人格にして初代マスター。共に地上軍の将校達である。前作のドラマCDを経て声優や性格が決定されており、本作発売前に先行した小説やコミックスでは初期での断片的な設定を元に書かれたものであるため、容姿やキャラクターが違っている。

リメイク版TODでは彼らの容姿がチャット内でのソーディアンの姿として表現されている。

ディムロス・ティンバー (Dymlos Tinbar)
声:置鮎龍太郎
?歳・身長?cm・体重?kg
ソーディアン・ディムロスの初代マスター。
地上軍の特攻隊長兼中将。熱血突撃型だが、指揮官としての責務を忘れるような真似はしない。アトワイトとは恋人。「必ず生きて帰って来てくれ」が口癖であり、彼を慕う部下も多い。
斬り込み隊長としてのあり方は核弾頭、突撃兵という二つ名のよって表現されている。
髪の色は紺色だが、小説版『テイルズ オブ デスティニー 天地戦争編』(著:祭紀りゅーじ イラスト:橋本正枝 電撃文庫)では赤毛、かつラフなスタイルで、戦うことができるという理由で軍に入った戦争狂として描かれた。
アトワイト・エックス (Atwight Eks)
声:宇和川恵美
?歳・身長?cm・体重?kg
ソーディアン・アトワイトの初代マスター。
衛生兵長で、階級は大佐。ラヴィル・クレメンテの主治医でもあり、ディムロスとは恋人。彼女に恋愛感情を抱いていたバルバトスに「俺の女になれ!」と言われ、断った経緯がある。小説『天地戦争編』では水色の髪で露出度が高い服装をしていた。
初期設定によれば、ハロルドではなく彼女が仲間になる予定だった(ロニが一度「彼女が俺を求めて仲間になってしまう」という都合のいい夢物語を口走ったことがあり、この設定はこちらに差し替えられたと考えられる)。
ピエール・ド・シャルティエ (Pierre de Chaltier)
声:石川英郎
?歳・身長?cm・体重?kg
ソーディアン・シャルティエの初代マスター。
階級は少佐。チームの他の面々に対する劣等感に苛まれており、日記に不平不満を書き連ねている。髪の色がリメイク版TODでは銀だがPS版と本作では金になっている。
ラヴィル・クレメンテ (Laville Clemente)
声:八奈見乗児
?歳・身長?cm・体重?kg
ソーディアン・クレメンテの初代マスター。
天地戦争初期から戦い続けている。温厚な性格だが、周囲の制止を振り切り自ら前線に打って出る血気盛んな一面もある。
イクティノス・マイナード (Igtenos Minarde)
声:松野太紀
?歳・身長?cm・体重?kg
ソーディアン・イクティノスの初代マスター。
情報将校で、階級は少将。部屋に恋人の写真を飾っている。冷静な理論派。ディムロスとは性格が合わないとされているが、本作で諍いの場面は特に無い。しかし、後のマスターであるウッドロウが「空気王」という不名誉なあだ名を持つためか、他のメンバーに比べて出番が極端に少ない。
カーレル・ベルセリオス (Karell Belserius)
声:飛田展男
23歳・身長?cm・体重?kg
ハロルドの双子の兄で、ソーディアン・ベルセリオスの初代マスター。
天才的な軍師。階級は中将。ディムロスとは苦楽を共にする親友同士。穏やかで優しく妹想いな性格である。
小説版『テイルズ オブ デスティニー 天地戦争編』では主人公。だが髪の色は黒く、性格もゲーム版とは正反対。自分も他人も信じられず、アトワイトを「いけ好かない博愛主義者」と評する冷たい男として描かれている。

その他のキャラクター
バルバトス・ゲーティア (Barbatos Goetia)
32歳・身長187cm・体重82kg。
声:若本規夫
「英雄」を恨み、「英雄」と称される者をことごとく殺害しようとする狂戦士。巨大な斧を片手で振るえるほどに鍛え抜かれた肉体を誇り、フィリアやウッドロウの前に姿を現し、その凶刃を振るう。
その正体は、エルレインの力で蘇った第一次天地戦争時代の地上軍の軍人。後にソーディアンチームに選抜されたディムロスと並ぶ優れた戦士だったが、その冷酷かつ残忍な性格からくる凄惨な戦い振りが災いし、ディムロスのように「英雄」と称えられることは無く、ディムロスへの対抗心から地上軍を裏切り、ディムロスによって処刑された。「英雄」を憎んでいるのはそのためだが、それは「英雄」に見合うだけの力量を持ちながら「英雄」と称えられることなく果てた無念の裏返しであり、嫉妬や逆恨みに近い。また、アトワイトに好意を寄せており、それもディムロスへの対抗心の一因となっている。「英雄」の座を渇望するその姿は、前半のカイルに通じるものがある。
リーベ フラッ ザイル クチン セドラ タコメ ブラウ レット シスプ じゃくやく ラップワピ デリバリ ツワブキ フリーダム ソート ナビタイア メンマ タルト ガネット スニファー オート スコア えーびー ちょうい たんし ニヒル モップ 国内チュ ティーン ギャレー 幻のユウ ブイゾ シールド パサー タジン ダウンライト コスル ナポリ ヒモパン ジューシー ショー ポニカ いーん リターン パリー トライア バスー 山菜サーチ ヴェリ ローズ

味方キャラクターの特定の行動に対して、非常にインパクトのあるセリフと共にカウンター攻撃を行ってくる。また、晶術の一つ一つに「灼熱の - 」「殺戮の - 」といった枕詞を付ける嗜好があり、その点でも他のキャラクターと一線を画している。戦闘難易度を上げるとカウンター攻撃の条件がさらに増え、様々な行動に対してカウンターが繰り出される。圧倒的な強さを持つにもかかわらず序盤で戦うことになるため、カイル達にとっても、プレイヤーにとっても、最初に乗り越える大きな壁となる。
担当声優である若本の熱演も手伝い、ナムコの「記憶に残る敵」のアンケートで第2位にランクインし、第三回人気投票ではD2キャラとしてはジューダスに続いて2位である。また、他のシリーズ作品に隠しボスとして登場したり、敵キャラクターでありながら特典DVDのチャットドラマにも登場するなど、その濃いキャラクターぶりを遺憾なく発揮している。
PSP版では「アクアラビリンス」に精神体として登場し、計5回戦うことになる。5回目の戦いでは、前述のサブノック、ダンタリオンと組んでいる。
名前の由来はソロモン72柱の魔神の1柱、30の軍団を率いる伯爵「バルバトス」と魔道書「ゲーティア」から。
テーマ曲は「Coup-de-grace」。
TOVでは条件を満たすと、「英雄を殺めし者」という名前で闘技場に登場。
ミクトラン
声:堀川りょう
天上人の王で天上軍の総司令官。
クーデターで空中都市の全権力を掌握し、地上に対して暴政を敷いたことが天地戦争の契機となる。彼の死によって戦争は終結するが、前作のTODにて千年のときを経て復活する。前作ではラスボスとして登場したが、本作では登場場面はわずかで、あるイベントで登場しすぐに死亡する。この死亡時に魂をソーディアン・ベルセリオスに移し、後の世界で災厄を起こすことになる。
マグナディウエス
声:千葉一伸
アクアヴェイルにある迷宮の主で闘神。何らかの理由で封印されている。他のボスを遥かに凌駕するHPと力を持ち、戦闘開始直後にこちらの残り体力を1にするなど、僅かの油断も許されない強敵。彼を倒すとなぜかジョニー・シデンが現れ、「ジョニーの楽器」を渡される。
ファンの間では、その圧倒的な戦闘能力や気高さを感じさせる言動から、「マグナ様」と呼ばれることもある。
リムル
声:雪乃五月
ノイシュタットの闘技場チャンピオンの女の子。戦うことが大好き。
カイルのみ彼女と戦う権利がある。母親はスタンの妹リリス・エルロン(つまりカイルの従姉妹)で、親譲りの強さを持つ。彼女との戦闘でカイルが奥義を使用すると、カウンターで昌術・具現結晶「ディバインセイバー」を使用する(これを喰らったカイルは必ず敗北する)。
漫画版ではリーネで会い、カイルと一戦交える。
リリス
35歳・身長:詳細不明・体重:詳細不明。
声:沢口千恵
スタンの妹で、カイルの叔母。
潜在能力は兄に優るとも言われた猛者。低血圧で朝寝坊のひどい兄を起こすため、フライパンをおたまで打ち鳴らす「死者の目覚め」を開発した。その威力は本家という事もありしっかり耳をふさいでいても耳鳴りがするほど。結婚し、リーネで穏やかに暮らしている。夫はなぜか名前すら登場しない。ファンの間では候補の一人としてバッカスが挙げられているが、彼は本作に全く登場しない。
若い頃はブラコン気味のお兄ちゃん子だったが、現在それは影を潜めている。料理が非常に得意で、偏食で味にうるさいジューダスすら満足させた。PSP移植版では闘技場で戦うことになる。その強さは変わらず、場合によっては一方的にやられてしまうことすらある。
ルー・フレッチ
声:鉄炮塚葉子
ナナリーの弟。
不治の病にかかった少年で、フォルトゥナ神団の救いを受けずにホープタウンで生活を送り、死亡する。彼の墓はホープタウンの外れにある。ただし、エンディング時にある条件をクリアすれば、助けることも可能。
漆黒の翼
基本的には前作であるPS版テイルズオブデスティニーとメンバー、活躍共に変わりない。しかし、それはデスティニー2における「現代」での話に限り、デスティニー2には世界観の関係上、漆黒の翼がもう一組存在する。
天地戦争時代の地上軍には、潜入任務、要人警護、捕虜奪還、敵施設破壊など危険で困難な任務を次々と成功させた部隊が「漆黒の翼」と呼ばれる特殊部隊があった。度重なる戦果を挙げながら、メンバーはわずか三人だったとも言われており、軍による情報操作が懸念されるので詳細は不明となっている。

地理・前作との地理の違い
本作は前作(PS版TOD)の騒乱後を描いており、前作の地理とは多少違う部分が存在する。

現代
この項目では元々の時間軸である現代(神の眼を巡る争乱から18年が経った時代)の地理を説明する。

セインガルド
前作と比べると、騒乱後の被害が一番目立つ地域。首都は壊滅し、大多数の町が消滅してしまった。
ダリルシェイド
前作では首都として存在したが、本作では古都として扱われている。町の機能は停止しており、難民が後を絶たない。
アイグレッテ
ダリルシェイドの壊滅に伴い、ストレイライズ大神殿の近くに新しく誕生した都市。本作の現代における首都。エルレインの干渉からか騒乱後に技術が進歩したためか、ダリルシェイドより近未来的な構造になっている。下町には多くの商品が揃ったバザーもある。
クレスタ
本作の主人公であるカイル、ロニ、そして母であるルーティの育った町。セインガルド内において唯一、神の眼の騒乱で壊滅を免れた町。この町の近くには空中都市の1つだったクラウディスがラグナ遺跡として存在する。
ハーメンツ
アルメイダ
これらの町は、騒乱時に町ごと壊滅(住民はアイグレッテに移住)。本作では登場していない。ただ、旧アルメイダの近くにはハーメンツヴァレーというダンジョンがある。
フィッツガルド
前作と比べほとんど変化はないが、ノイシュタットとリーネを繋ぐ街道が、本作では濃い霧に覆われてしまった点が異なっている(白雲の尾根)。
ノイシュタット
変化は少ないものの、公園が無くなり闘技場が小さくなるなど、前作と比べると規模が小さくなり、貧富の差もなくなった。
リーネ
辺境の土地柄が幸いしてか、騒乱の影響は受けておらず、変化も無い。マギーの畑も健在で、種や肥料のバリエーションが豊富になっている。
ファンダリア
各国の中で唯一、完全に復興した国家。前作同様、王政のままである。
ハイデルベルグ
騒乱後の復興に伴い、都市が2つに分かれた首都。騒乱を題材とした資料館を境に城門側が新市街、城側が旧市街である。ちなみに前作のパーティキャラであるマリーが経営する宿屋も、この旧市街の中にある。
スノーフリア
首都と同じく、騒乱後に復興を遂げた。港としての機能も正常に果たしている。
サイリル
ジェノス
これらの町は、騒乱後に壊滅。住民はハイデルベルグへ移住した。また、サイリルの近くには地上軍の拠点跡地がある。
カルバレイス
被害こそ少ないものの、前作と比べると活気がさらに失われた部分がある。
カルビオラ
アタモニ神団の活発化により、首都ではなく神殿のみの聖地となった。町としては機能していない。
チェリク
港町だった前作と異なり、水上の町となった。
ホープタウン
騒乱後の地殻変動によってオアシスが生まれ、その中に築かれた町。ナナリーとルーの故郷でもある。OPを見れば分かるが、他の町より活気がある。
ジャンクランド
本作では登場しない。住民はホープタウンへと移住した。トラッシュマウンテンというダンジョンが登場し、その入口にわずかながら町の面影が窺える。
アクアヴェイル
前作から統一に成功し、1つの町となった。町の風景には「和風」「中華風」などから、「和風」と固定された。隠しダンジョン「アクアラビリンス」があるのもここ。前作でシデンとモリュウを繋いでいた洞窟は登場しない。

改変現代
この項目ではストーリーの過程で登場する、改変された現代の地理を説明する。また、都市の名前は全て1000年前の天地戦争時代と同じものである。なお、この世界におけるエルレインは神であり、太陽や空気のように不可欠の存在。

蒼天都市ヴァンジェロ
全体が青いドームに包まれている。町の中も青を基調としたデザイン。存在位置は史実現代のクレスタ近郊。
紅蓮都市スペランツァ
こちらも全体が赤いドームに包まれており、内部も赤を基調としたデザイン。2階にはこの世界の地図がある。位置は旧ジェノスに近い。
黄昏都市レアルタ
町全体が黄色いドームに包まれている。各都市の中で一番大きく、資料館がある。位置はハイデルベルグに近い。
光のほこら
標高の高い山の上に建つ、ダイクロフトへ繋がるほこら。ベルクラントからレンズエネルギーを放射し、ここで分散させて各都市にエネルギーを供給している。
ダイクロフト
この世界の首都に該当する都市。選ばれた特権階級の人物のみが光のほこらを通じて入ることができる。大量のレンズが保管されている。
なお、地名ではないが、破壊されたラディスロウの残骸らしきものが墜落している光景も見ることができる。

2009年02月08日

インターネット・ホットラインセンター

インターネット・ホットラインセンター(Internet Hotline Center)は、2006年6月1日に開設された違法・有害情報の発信に関する情報収集と対処を目的とするポータルサイト。警察庁からの業務委託により財団法人インターネット協会が管理・運営を行っている。
陣取り いなか ストメ ワイス さんぼんぎ アント システイン キーホ ワッシャ ネゴシ メモワ パフェ トーキング マラニッ 筆柿 キーノ テレコズ マヨラ プライ ドアミラ リンクサデ ポート エコロジジー エバー ナフタ レポート エス スキトル オーピー マドラサ スパニ パウダー フィル 夏の稲妻 シグサ ツバル タンゼロ ラスバンド アウトカム 黒い塔 ブルンジ ピエール オーバ タリフ ミンス シェルカ スパラ ヌードル モノクロ ミーシー

一般からの通報を広く受け付け、まずは情報発信地が日本国内であることをIPアドレスから確認する。これは、法的判断を日本の法律に基づいて行うことによる。その上で日本国内の法律に違反すると判断される情報(運用ガイドラインで定めたもの)の場合は警察庁に通報し、捜査妨害にならないよう一定期間をおいてから、プロバイダや掲示板の管理者等に対して違法情報であるとして情報発信の停止を要請する。一方、情報の流通自体は違法ではないが、違法行為に繋がる可能性が高い情報については公序良俗に反するとする情報(運用ガイドラインで定めたもの)として、プロバイダや掲示板管理者等に対して利用者との間の契約や利用に関する取り決め等に基づく対応を依頼する。日本国内の大半のプロバイダでは公序良俗に反する情報の発信を規約違反としていることから、該当する情報発信の抑制が期待されることになる。

なお、知的財産権の侵害に関する情報及び名誉毀損や誹謗中傷行為、差別の扇動に関する情報は、権利者団体や法務省人権擁護局がプロバイダ責任制限法に基づく対応をすでに実施していることから、センターでは取り扱い対象外としている。この点に関して、2008年のガイドライン改定時にはパロディを対象に追加することが検討されているが、改定案では見送られた(著作権法#非親告罪化も参照)。

運用ガイドライン
違法情報
わいせつ物の公然陳列
明らかな児童ポルノの公然陳列
売春防止法違反の広告
出会い系サイト規制法違反
規制薬物関連(広告、あるいは濫用を、公然、あおり、又は唆す行為)
振り込め詐欺関連(預金通帳等の譲渡あるいは携帯電話の匿名貸与の誘引等)
公序良俗に反する情報
情報自体から、違法行為を直接的かつ明示的に請負・仲介・誘引等する情報
けん銃等の譲渡
爆発物の製造
児童ポルノの提供
公文書偽造
殺人、傷害、脅迫、恐喝
違法情報との疑いが相当程度認められる情報
明らかとまではいえないが児童ポルノと疑われるもの
人を自殺に勧誘・誘引する情報

指摘される問題点と運営側の考え
ホットラインセンター設立準備会(インターネット協会が事務局)は開設に先だって運用ガイドライン案を公表して意見募集を行い [1]、 応募結果についても公表されている [2]。

これによると、ガイドライン案における児童ポルノの定義について「実在しない児童」を描写したもの、とくに漫画やアニメなどが対象とされるのではないかとの懸念から多くの意見が寄せられたことがわかる。この点について設立準備会は、児童ポルノ禁止法の定義と同じく実在の児童の描写のみを対象としていることを明確にする注釈を加える修正を行っているが、2007年1月30日に公表した半期運用報告[3]では「実在しない児童」の性表現を描写したものについて「海外から批判が多いまんが子どもポルノ」との表現で国際NGO関連団体に12件の情報提供を行った、としている(同領域への対応を担当しているホットラインセンターのアソシエイツ団体として、「ECPAT/ストップ子ども買春の会」がある。なお、同団体は「実在しない児童」の性表現を描写したものについて、以前から法律による表現規制を主張している)。

このほか、違法でない情報を対象とすることや、違法性の該当性判断について表現の自由の観点からの問題点が指摘されている。これらについて準備会は、あくまでも違法な行為・結果に結びつきうるものについての対応であることや、該当性判断については捜査権を持たない民間機関としての通報の基準であって最終的なものでないこと、わいせつ性などについては実質的に文脈を見る前提があることを説明して理解を求めているが、前述の半期運用報告では「通報されたけれども対象外と判断して処理されない情報の割合は依然として多く、運用が通報者の期待に十分に応え切れていない(略)今後、『運用ガイドライン』の見直しなどが必要であると考えられます」として現在のガイドラインで対象外とされている種の情報についても将来的に対象を拡大する可能性を示唆している。

また、プロバイダ等への通報が証拠の隠滅につながる危険があるとの指摘については、違法情報については警察への通報から一定期間をおいた後へのプロバイダ等への送信防止措置依頼であるとして理解を求めている。

18年度の警察庁総合セキュリティ対策会議の報告書[4]では、「ホットラインセンターの活動内容等に関する広報活動」について、広報協力のためのパートナー団体の「一層の増加に努める必要がある」としている。また、「運用ガイドラインの対象外の情報に係る通報に対する的確な対応」について、「運用ガイドラインの対象外の情報に当たる場合であっても、他の関係機関・団体において所要の措置が講じられることが必要である。」(現状では対応がごく一部にとどまっているとした上で)「今後、特段の対応がとられていない通報の内容を分析した上で、当該通報に的確に対応し得る機関・団体等に対し、「アソシエイツ」としての協力を呼び掛けていく必要がある。」などとしている。

2007年8月下旬から行なわれている情報通信法案に関する総務省のヒアリングに対し、日本新聞協会や民放連等のマスコミ関係団体等がインターネット上の表現の自由にも配慮した回答を行ない、有害情報規制に対して疑義を呈する、若しくは慎重姿勢を示すことが少なくなかった中、2007年9月19日に行なわれたヒアリングでは、国分明男センター長が、青少年健全育成条例における「有害」指定例を列挙するなどした他、インターネットカフェ等での匿名性の問題点を指摘した上で、韓国での一定規模以上のサイト利用時における本人確認義務化例や、同国においては「インターネット上に一度出てしまうと、元に戻せず、破壊力がすごいから」との理由でネット犯罪に対する刑罰を従来の刑罰よりも重くした例を挙げている[5]。 また、「何か主張をしたいなら実名で行い、身分を隠して悪いことを書き込むカルチャーをなくすという考え方について韓国から説明があった」、有害情報規制の共通ルールについて「法的な裏付けはあったほうがよい」「アウトサイダー対策を行わないと自主規制では事態は改善されない」等としている。一方のテレコムサービス協会もまた、「今後の法制度のさらなる検討に際しては、すべての関係者(コンテンツの作成者・掲載者や掲示板運営者等)が対象となる枠組みを検討することが重要」としている。[6]このように、両団体の主張は、情報通信法案における規制の趣旨とほぼ同一のものとなっている。

今後の方針としては、ホットラインの規模拡大、人員増強、INHOPEを中心として国際的な連携体制を強化していくこと等が決定している。

国庫からの受託金
インターネット・ホットラインセンターは、100%国庫からの受託金収入によって運営されている。18年度には警察庁から34,117,718円の受託金の交付を受けている。19年度のインターネット・ホットラインセンターの運営に関する国庫受託金収入予算は85,000,000円である。[7]

組織
※2007年10月現在
※センター長、副センター長、及び、堀部政男を除く全てのホットライン運用ガイドライン検討協議会メンバーは、現在、過去において警察庁の懇談会等における委員長、委員等の経験を有する。[8]特に、現在は警察庁総合セキュリティ対策会議[9]に属するものが多く、前田雅英はその委員長を務める。また、堀部政男は、過去において総務省の審議会等、懇談会等における委員長、委員等の経験を有し、現在、情報通信法案について検討を行なっている、総務省通信・放送の総合的な法体系に関する研究会の座長を務める。

運営委員会(4名?)
事務局(財団法人インターネット協会)
センター長 国分明男(財団法人インターネット協会副理事長、特定非営利活動法人次世代ICカードシステム研究会フェロー)
副センター長 吉川誠司(財団法人インターネット協会評議員、WEB110代表)
センター員(5名?)
法律アドバイザー(3名?)
ホットライン運用ガイドライン検討協議会
稲垣隆一(弁護士)
江口研一(社団法人電気通信事業者協会消費者支援委員長、KDDI株式会社渉外・広報本部渉外部次長)
桑子博行(社団法人テレコムサービス協会サービス倫理委員会委員長、AT&Tグローバル・サービス株式会社通信渉外部長)
国分明男(財団法人インターネット協会副理事長、特定非営利活動法人次世代ICカードシステム研究会フェロー)
千葉公(社団法人日本ケーブルテレビ連盟事業部第一グループ長、アットネットホーム株式会社人事部付)
苗村憲司(財団法人インターネット協会評議員、情報セキュリティ大学院大学教授)
野口尚志(社団法人日本インターネットプロバイダー協会理事・行政法律部会副部会長、EditNet株式会社代表取締役)
別所直哉(ヤフー株式会社CCO(最高コンプライアンス責任者)兼法務部長)
堀部政男(中央大学大学院法務研究科教授)
前田雅英(首都大学東京教授)
森亮二(弁護士)
吉川誠司(財団法人インターネット協会評議員、WEB110代表)
関係機関・団体(連携、情報提供先等)
警察庁生活安全局
法務省人権擁護局
社団法人日本音楽著作権協会
社団法人コンピュータソフトウェア協会
社団法人日本レコード協会
インターネットホットライン連絡協議会
社団法人電気通信事業者協会
社団法人テレコムサービス協会
社団法人日本インターネットプロバイダー協会
社団法人日本ケーブルテレビ連盟

パートナー(広報協力)
日本CA株式会社
ヤフー株式会社
財団法人日本ユニセフ協会
アソシエイツ(ガイドライン対象外の情報に対する対応担当)
社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会
ECPAT/ストップ子ども買春の会(宮本潤子共同代表は財団法人インターネット協会評議員)
ネットスター株式会社
有限責任中間法人ユニオン・デ・ファブリカン
デジタルアーツ株式会社
特定非営利活動法人日本ガーディアン・エンジェルス

2009年01月23日

流体工学ノズル

流体工学ノズル
流体工学ノズル(fluidic nozzle)を使用したベクトル・スラスター・ノズルも構造が単純化されている分、ステルス性の向上に寄与するため、今後の実用化が検討されている。
キャノピー
コックピット・キャノピーにもレーダー波を反射する薄膜によってコートされている。材質は蒸着金薄膜やインジウムとスズの酸化物(In2O3とSnO2の混合物)による薄膜が用いられる。 このためほとんどのレーダー波はキャノピー表面で反射され、操縦席付近の複雑な形状の電子機器や機体内部面によって生じる乱雑な反射波は最小限に抑えられる。パイロットのヘルメットの電波反射の低減も検討されている。
プラズマ・アンテナ
プラズマを使ったアンテナである。
プラズマ・アンテナではガラス管などに封入した希薄ガスに電波周波数で放電電圧を印加して放電を起こさせる。このプラズマがそのままアンテナとなり電波が放射される。電圧の印加を停止すればプラズマはガスに戻り電波の放射は停止される。プラズマ・アンテナは放射器としてだけでなく、反射器としても機能する。また入射電波の受信も可能であるとされる。[3]
ステルス性の観点では対象物の大きさも影響する。Xバンド(8?12GHz)では波長3cm以上であるが、Cバンド(4?8GHz)やSバンド(2から4GHz)での対象物の部分的な長さがレーダーの波長と共鳴することも考慮される。[1] また反対に1/4波長の厚みを持った電波吸収体に入射したレーダー波は表面と裏面の2ヶ所からの反射によって互いに打ち消しあって、上手くすれば消滅する。

電波吸収体技術
電波吸収体技術は形状制御技術ではコントロールしきれなかった鋭角などに、電波吸収体または電波吸収材料(Radar absorbent material、RAM)と呼ばれる物質を使って電波を吸収し反射波を減らす技術である。電波吸収材料は大きく3つに分かれる。

導電性電波吸収材料は材料内部の抵抗によって電波によって発生する電流を吸収するものである。導電性繊維の織物によって優れた電波吸収体が実用化されている。
誘電性電波吸収材料は分子の分極反応に起因する誘電損失を利用するが、誘電体単体では大きな損失は望めないので、カーボン粉などをゴム、発泡ウレタン、発泡ポリスチロールなどの誘電体に混合して見かけ上の誘電損失を大きくしたものが開発されている。
磁性電波吸収材料は磁性材料の磁気損失によって電波を吸収するものである。鉄、ニッケル、フェライトを使用して電波を吸収できるが、重くなるのが欠点である。
また、使用する形態によっても電波吸収体は分けられる。

構造材型は構造材自身に電波吸収体の機能を持たせた、2つの機能を兼ね備えた部材を使用する技術であり、構造が単純で軽量化できるので実用化されつつある。
貼付型は外面に電波吸収体を貼り付ける形態であり、ゴムシート状のフェライトやカーボンが使用される。電波暗室では発泡スチロールが使われる。重量が増す。
塗装型は外面に電波吸収体を塗装する形態であり、厚さを一定にするのが困難なため対象周波数に対する精度が保てない点や、厚く塗る必要があることからはがれ易い点に問題がある。[1]

RAM
この節の内容の信頼性について検証が求められています。確認のための文献や情報源をご存じの方はご提示ください。出典を明記し、記事の信頼性を高めるためにご協力をお願いします。必要な議論をノートで行ってください。

今のところRAMの塗装型は高価であるという点やメンテナンスに手間がかかるという点で問題がある。一部には、赤外線放射率が異なる塗装で各部を塗りわけ、赤外線映像として見た際に、航空機の形状として認識されづらいように配慮した機種もある。
ミネア あさひか ストレ マッチ アック 繊細 せいじゅ パワーサプ ランドロ ステイ ヒート メキシコ エグゼ べにあか センリョウ アーバン オーバ ロッキード やっこだこ パターン カピバラ アフガン サーボモ メリー 望郷の月 じゅご リンガ モルデ パトス キャンサド ティン デジタル ネクスト ノーショー コンファー ビオチ クレーション フィーマ カーラジオ バビア ナビノニ やまんば デーゲーム 世界の家 ブービー ドゥク サイダ ジャージー ベンダー フレーター

現時点で実用化されたステルス航空機の機体色は、たいていがマットブラックかダークグレー系であるが、これは夜間運用時に効果的であると同時に、極端に高度を下げない限り日中でも比較的に目立たない色だから、そのように色を調合されただけであり、レーダー反射塗料そのものがダーク系カラーというわけではない。

なお航空機に高度なステルス性を持たせる場合、やはり機体をステルス性の高い形状にしなければならないが、航空機の場合、単純に「ステルス性に優れる形状」であれば良い訳では無く、同時に「良好な飛行が可能な形状」すなわち航空工学に基づいた形状も求められる。それらを両立する為に、設計には非常に複雑な計算を必要とする。また、開発・生産・維持のいずれの段階においても、高技術力と高コストの両方が要求される。特に維持は困難で、飛行中に水滴や埃が機体に付着したり、ビスの締めが甘く頭が少し表面から浮いただけでも、ステルス性は損なわれるといわれている(例えばB-2爆撃機の場合、一機あたりの価格が高いうえに、整備には専用の格納庫を必要とする。国外の基地へ展開する場合、専用格納庫も一緒に展開する必要がある。それらの影響だけが原因では無いが、総生産数は当初の予定を下回る21機にとどまっている)。したがって費用対効果も悪くなりがちである。その為、技術力が追いつかない、あまりコストを割けない等の理由で形状の工夫が出来ない場合は、RAMを使用する等して、少しでもステルス性の改善を求めることも多い。

艦船や車両では、運用上の理由(RAM塗料は劣化が早く長期間の野外活動に耐えられない、陸上兵器は少しでもカムフラージュを行えばレーダーには元々映りにくい等)から、高価なRAMは使用せず、外観の形状に配慮をする程度である。

F-117
F-117のステルス性は、その機体構造(概観の形状)からレーダ入射波を散乱及び後方背面波としてRCS(レーダー断面積)を下げているものと考えられる。この機体のステルスの特徴としては、レーダに対するRCS低減は全方位でなく前方方向と背面方向に対してRCSが極端に小さい。また運動性を犠牲にしているがステルス機の中ではRCSが最も小さい機体と考えられている。

2009年01月16日

清盛の遺言


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「我の死後は堂塔も孝養も要らぬ、ただ頼朝の首を刎ね我が墓前に供えよ」は平家物語に記された文言であり、物語ゆえにかその真偽を疑う声もある。

この遺言は戦国武士の感覚ならともかく、平安時代末期の武士感覚から考えてありえない遺言であるという説が近年では強く、清盛はむしろ頼朝との和睦と後白河法皇との協調政治を望んだとも言われている。しかし清盛の後を継いだ宗盛が暗愚だったため、宗盛の反対で何ひとつ実現しなかったと言う。

一方で、遺言に従ったのか清盛の墓所ははっきりと伝わっておらず、玉葉の治承5年(1181年)8月1日にも平家物語と似た意の清盛の遺言と共に、それ由に平家が頼朝を許す筈がないと記されている。

義経との対立
末弟・源義経を逐うに至った経緯は、古くから多くの人々の興味を呼び、物語が作られ、研究が成されている。

吾妻鏡では、8月6日、京に在った義経は頼朝の内挙を得ずに任官し、憤った頼朝は義経を平家追討軍から除いたことになっている(元暦元年八月十七日条)。しかし、この記述は同じ吾妻鏡の他の記事と齟齬を見せているとの説もある。8月3日、頼朝は義経に伊勢の平信兼追討を命じ(八月三日条)、義経は12日に出発している。つまり任官以前に義経は西海遠征から外れていたとも考えられる。また、26日、義経は平家追討使の官符を賜っている(文治五年閏四月三十日条)。頼朝は義経に対して何の処罰も下していないのであると言う。一方で、頼朝が義経の無断任官を知ったのは8月17日であるから、それ以前に何らかの命を義経に下しているのは当然であり、平家追討使の官符を賜っているのも、朝廷は頼朝に諮らず義経を検非違使に任じたのであるから、頼朝に諮らず平家追討の官符を下しても、不思議は無いとも考えられる。

義経を恐れたとの説もある。戦いに敗れる事も多かった頼朝に対し、義経は平家追討で連戦連勝を遂げたので、頼朝は義経の軍才を恐れるに至ったとする。義経が藤原泰衡に討たれた直後に、奥州合戦を始めた事は、この説を裏付けるものとして用いられる。

平家滅亡後の鎌倉政権は、きわめて重大な時期に来ていた。内乱が収まると平家追討を名目にした軍事的支配権の行使が出来なくなる。頼朝はそれまで軍事力を持って獲得してきたものを、朝廷との政治交渉によって、平時の状態でも確保し、補強しなければならない困難な状況に直面していた。そうした時期であるために、いかに肉親であり功績のある者でも、自分に反抗する者は許しておくことは出来ない。義経の背後には、武家政権確立のための対抗勢力である朝廷や奥州藤原氏があったのである。

都落ちした義経を匿った事で鎌倉へ召還された興福寺の僧・聖弘は、義経を庇護した事を詰問する頼朝に対し、「今関東が安泰であるのは義経の武功によるものである。讒言を聞き入れ恩賞の土地を取り上げれば、人として逆心を起こすのも当然ではないか。義経を呼び戻し、兄弟で水魚の交わりをされよ。自分は義経のみを庇って言うのではなく、天下の無事を願っての事である。」と悪びれず直言した。頼朝はその言葉に感じ入り、聖弘を勝長寿院の供僧職に任じた事から、義経を憎みきっていた訳ではない事が伺える。頼朝は政治家であり、義経は軍人であった。その相違が、平家滅亡後に露呈する事になったのである。

義経が鎌倉入りを止められ血涙をもって綴った腰越状が届けられた時、自害ののちにその首が届けられた時、頼朝がどのような反応を示したかは、『吾妻鏡』は何も伝えていない。

死因
死因を伝える史料は、相模川橋供養の帰路に病を患った事までは一致しているが、その原因は定まっていない。吾妻鏡は「落馬」、猪隈関白記は「飲水の病」、承久記は「水神に領せられ」、保暦間記は「源義経や安徳天皇らの亡霊を見て気を失い病に倒れた」と記している。これらを元に、頼朝の死因は現在でも多くの説が論じられており、確定するのはもはや不可能である。死没の年月日については、それ以外の諸書が一致して伝えているため、疑問視する説は存在しない。

落馬説
吾妻鏡に記された死因であり、最も良く知られた説である。しかしその死因が吾妻鏡に登場するのは、頼朝の死から13年も後の事であり、死去した当時の吾妻鏡には、橋供養から葬儀まで、頼朝の死に関する記載が全く無い。これについては、源頼朝の最期が不名誉な内容であったため、徳川家康が「名将の恥になるようなことは載せるべきではない」として該当箇所を隠してしまったともいうが、吾妻鏡には徳川家以外に伝来する諸本もあり、事実ではない。
なお、死因と落馬の因果関係によって解釈は異なる。落馬は結果であるなら脳卒中など脳血管障害が事故の前に起きており、落馬自体が原因なら頭部外傷性の脳内出血を引き起こしたと考えられる[27]。落馬から死去まで17日ある事から、脳卒中後の誤嚥性・沈下性肺炎の可能性がある。
尿崩症説
落馬して脳の中枢神経を損傷し、抗利尿ホルモンの分泌に異常を来たして尿崩症を起こしたという説。この病気では尿の量が急増して水を大量に摂取する(=「飲水の病」)ようになり、血中のナトリウム濃度が低下するため、適切な治療法がない12世紀では死に至る可能性が高い[27]。
糖尿病説
猪隈関白記の「飲水の病」とは水を欲しがる病であり糖尿病を指すとするが、そのような症状があったという記録はなく、可能性は低い[27]。
溺死説
史料は「飲水の病」「相模川橋供養」「水神の祟り」「海上に現れた安徳天皇」など水を連想させる語が多く、溺れた事が死に繋がったのではと見る。また相模川河口付近は馬入川とも呼ばれており、頼朝の跨った馬が突然暴れて川に入り、落馬に至った事に由来するとも伝わる。溺死説の場合、「飲水の病」は川に落ち溺れ、水を飲み過ぎた事を意味すると見る。
亡霊説
保暦間記に記されている。当時は亡霊や祟りが深く信じられている時代であり、信心深い頼朝には義経や安徳天皇の亡霊が見えたのであろうと言う。意識障害があったと捉えることもできる。
暗殺説
頼朝は子の源頼家や実朝と同じく何者かに暗殺されており、その事実を隠すべく吾妻鏡への記載を避けたとする。
誤認殺傷説
愛人の所に夜這いに行く途中、不審者と間違われ斬り殺されたとする。

系譜
頼朝は清和源氏の庶流だが、武家源氏の主流だった源頼信を祖とする河内源氏の七代目に当たる。

父:源義朝 - 源為義長男。保元の乱で栄進するが、平治の乱で敗れ、敗走中に殺される。
母:由良御前 - 藤原季範三女
兄弟
源義平 - 悪源太。平治の乱後、平清盛暗殺のため京へ潜伏中に捕らえられ斬首される。
源朝長 - 平治の乱後の敗走中に、戦傷が元で亡くなる。
源頼朝
源義門 - 早世。
源希義 - 同母弟。土佐国に流され、頼朝の挙兵後に討たれる。
源範頼 - 挙兵後の頼朝に仕えるが、謀反の疑いにより伊豆国に流される。
阿野全成 - 常盤御前の子。仏門に入り、挙兵後の頼朝に仕えるが、源頼家に殺される。
義円 - 常盤御前の子。仏門に入り、挙兵後の頼朝に仕えるが、墨俣川の戦いで平家軍に討たれる。
源義経 - 常盤御前の子。挙兵後の頼朝に仕えるが、対立し奥州に逃れ、藤原泰衡に殺される。
坊門姫 - 同母妹、一条能保室

八重姫 - 伊東祐親三女、千鶴丸母。病死したとも、頼朝を訪ねた際に政子の為に会えず、悲嘆し韮山の真珠ヶ淵に身を投げたとも伝わる。
北条政子 - 正室、北条時政娘、頼家・実朝・大姫・乙姫母
亀の前 - 良橋太郎入道娘
大進局 - 常陸入道念西(藤原時長、伊達朝宗)娘。三男・貞暁の母
子女
長男:千鶴丸 - 伊東祐親に殺される。享年3。一部では生存していて甲斐源氏逸見氏に預けられ、島津忠久となり九州の大名島津氏の祖となったという説もあるが傍証はない。
長女:大姫 - 源義高婚約者。享年20
次男:源頼家 - 二代将軍。伊豆修善寺に流され殺される。享年23
三男:貞暁 - 妾・大進局の子、仁和寺で仏門に入る。享年46
次女:乙姫(三幡) - 頼朝の死の5ヶ月半後に死去。享年14
四男:源実朝 - 三代将軍。頼家の次男・公暁に殺される。享年28