テンペル・タットル彗星(‐すいせい、55P/Tempel-Tuttle)は、1865年12月19日から翌年にかけエルンスト・テンペルとホレース・タットルが発見した、周期33年の周期彗星である。 しし座流星群の母天体でもある。
なお、ペルセウス座流星群の母天体であるスイフト・タットル彗星とは無関係である。
テンペル・タットル彗星は、1865年12月19日にフランスのマルセイユの天文学者エルンスト・テンペルが発見し、翌1866年1月6日にアメリカのハーバード大学天文台のホレース・タットルが独立に発見した。 1月11日に近日点を通過し、5等級まで明るくなった。
しかし、1899年ごろに予想された次の回帰は観測されず、行方不明になっていた。
いっぽう、発見の数年後、イギリスのジョン・ハインドが、868年と1366年の彗星がテンペル・タットル彗星かもしれないと示唆していた。 1933年に日本の神田茂は、詳しい分析をおこない、868年の彗星は無関係だが、中国で観測された1366年の彗星はテンペル・タットル彗星だと結論した。
1965年、ドイツの天文計算局のヨアヒム・シュバルトは、過去500年にわたる軌道計算をおこない、1366年の彗星だけでなく、ドイツのゴットフリート・キルヒが観測した1699年の彗星もテンペル・タットル彗星だと証明した。 こうして得られた3回の回帰のデータをもとに再び軌道計算した結果、彗星は1965年に回帰していたはずだと予言した。 実際に、1965年6月30日に南アフリカのベスターが撮影した写真に、テンペル・タットル彗星が写っていた。 このときの光度はわずか16等級だった。
1998年の回帰は、予想されていた最初の回帰である。
しし座流星群 [編集]
1967年、イタリアのジョヴァンニ・スキアパレッリは、テンペル・タットル彗星がしし座流星群の流星物質とほぼ同じ軌道であることを発見し、母天体ではないかと指摘した。 彗星が流星群の母天体だとされたのは、これが2番目である。 なお、最初の例は、ペルセウス座流星群の母天体であるスイフト・タットル彗星で、これもまたスキアパレッリの指摘である。
テンペル・タットル彗星は軌道傾斜角が162°の逆行軌道なので、この彗星起源のダストは地球にほぼ正面衝突し、相対速度は72 km/sに達する。これは全ての流星群の中で最も速い。 このため、微小なダストも明るい流星になり、しし座流星群で多くの流星が観測される一因になっている。
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